聖戦が終わった。
残務処理を早々にこなし、シオンは急ぎジャミールの地を踏んだ。
童虎とすべき話も終わっている。自分はこれから聖域の復活にこれから尽力せねばならない。
師のハクレイ、その弟のセージの通った道だ。
自分がここで逃げを決め込むことは出来ないと、シオンは覚悟を決めている。
その前にどうしてもしなければならないと決めていたことが、一つだけあった。
ぱちぱちと火のたかれる音が、夕闇の立ちはじめた葬祭場を支配している。
ジャミールは死者の弔いには火を用いるのが慣例だ。
シオンは、三枚の服を抱いている。ハクレイとセージ、前聖戦を生きた双子の衣。
遺骸を葬ることも弔うことも出来なかったからと考えたことだったが、いざやろうとすると辛い。
最後にと思い、シオンは何度も見た衣装を改める。
一枚はとても古い。少年から青年期に着用するもの。染色の形式も刺繍も、今はない家のものだ。
織物が主たる産業のジャミールの産故に、未だに形を留めているのだろう。
セージが逝った日に、珍しくつっけんどんにハクレイが渡してきたものだ。
何故こんなものがといえば、セージがいまだに持っておったわい、と寂しげに嗤った。
シオンはあの時の師の顔を、恐らく死ぬまで忘れることが出来ないだろう。
もう一枚は新しい。というよりも、袖を通した形跡がない。老年期、それもそれなりに家格の高いものの着る服。
――ハクレイが、セージのために最近になって作った服だった。
刺繍もユズリハに教わりながら図案から作ったと、そうアトラに聞いた。
それと揃いの服は、着用のあとが僅かにある。ハクレイのもの。
聖域にアテナが来てから――僅かにあった、割合に平穏に過ぎた日々に――遊びに来る時のみ、ハクレイはいつもこれを着ていた。
「馬鹿だ……」
シオンの目に涙がにじむ。
「師よ。貴方は、大馬鹿ものです……っ」
ぽたぽたと流れていた涙は、一旦零れはじめたら止めどもなく流れる。
こんなものをつくって。
こんなに私を苦しめて。
こんなに、こんなに……。
「もっと、貴方と居たかった……のに……」
自分の小さい頃から居たハクレイが、セージが。そして、周りの黄金聖闘士たちも。
みんな自分を置いて逝った。お前に頼むと。次の子らへと繋いでくれと。
その託されたものの大きさに、シオンは足がすくむ。逃げ出して良いと言われたら、留まる自信がない。
いつもそうだ。自分は弱い。人の上に立つことが恐くて仕方ない。
それでも、今まではハクレイが居た。セージが居た。童虎が居た。弱音を吐いたとしても自分の背中を、押してくれる先達が居た。
もう、その全てがいないのだ。
シオンは、一人で歩いていかねばならない。長い、気の遠くなるようなこの道を――。
「……っ」
シオンは、首に巻いたショールを外す。そして腰紐を外し、上衣を脱いだ。三枚の衣の上にそれを重ねる。それは形としては、セージが昔着用していたものと同じ青年用の衣だった。
「……師の代わり……には到底足りません」
それでも餞に。そして、自分の青年期との別れに。
「師よ。セージ殿よ。シオンは、これから私心を殺して務めます。これから先は、私は――」
あなたたちの残したものを、次の子らに胸を張って渡すためのものとして。
衣を火に投げる。4枚の衣装は、音も立てずに燃えて儚く散っていく。それをシオンは眺めていた。
目をつぶって涙の露を払う。
これで私は帰るところもなくゆくところだけが決まった。
それでもきっと、あの人達が愛して守ったこの世界だからこそ、慈しもう。
だから、再び目を開けた時には、新しい自分で居られるよう、力が欲しい。
死者への追悼と祈りをこめて、シオンはゆっくりとまぶたを開けた。
天へ還る全てに、別れを告げるために。
こういうのもいいかなと。
漫画読んでで「ああ……あの2人あんなに頑張ったのに墓すら立てられないな」と思ったのが最初でした。
あと、こういう別れの通過儀礼くらいはあって欲しいな、とか、シオン的にもこう、今までの自分じゃいられなくなるので、こういう節目があっても良いんじゃないのかなーとか。
ちなみにハクレイは「死ぬからって自分のもの整理するのも面倒だし、あとで誰かが見て懐かしんでくれたり使ってくれれば嬉しい」から放り出しておく派、セージは自分が死ぬな、と思ったら全部片付ける派だと思います。