夏と花火と浴衣の羊


 ※シャカ×女体化ムウ







 


 今日は女神が面白がって始めた『聖域納涼デー』なるものだ。
 朝早くからいつ仕立てたのか解らないユカタというものを着せられて、聖域をうろうろしていたところ、同じくそうされたのであろうムウに捕まった。
「これからシオン様の所に老師さまといくんだ!」
 薄紫の髪を少し結い上げられ、その髪の色が映える深い紺に白い藤模様のユカタを着たムウは、困ったように笑った。
「貴鬼が暴れるので、もう着崩れて。ほら、貴鬼。先に老師の所で一休みしてきなさい」
 こくりと頷いた貴鬼に、ムウは溜息を吐いた。 
「朝から災難ですよ、本当」
 暑いし、髪は全部上げられて重いし、下駄? これって靴擦れを作る武器ですか。そんな事をつらつら言いつつ、ゆっくりと貴鬼を追いかける。
 女神の悪戯で女性になって半年程度。動きから漂う男性のような気配はまだ抜けないが、今のように解れ髪を直す所作や裾を気にするのは、だいぶ変わった、と思う。
 それでも女官がそんな事をしていても別に気にもならないので、自分はムウだから一つひとつの所作に感じるものがあるのだろうなと考えて、下駄に苦戦するムウに声をかけた。
「そんなに大変なら脱いでしまえば良かろうに」
「裸足で石段は熱いんですよ」
 もうやったのかと顔に出ていたのだろう、消え入りそうな声で「悪かったですね」と後追いの声が聞こえてくる。
「老師の所でお茶でも貰いたいですよ、あとサンダル」
「処女宮で休んでいけば良かっただろうに」
「駄目です。無理です」
 階段を二段程先に行っているムウが、振り返ってきっと睨む。
「なんでついてきてるんですか。私は貴鬼と老師に用事があるのですけれど」
「私は別に、君についてきているわけでもなく、暇なので十二宮をそぞろ歩いているだけだが」
 ぐっ、とムウが口をつぐむ。振り戻り天秤宮まではもうすぐだとばかりに足を速めた。


「おお……これは血まみれじゃのう」
 開口一番、天秤宮の主が言ったのはそれだった。急いだ所為で、髪は解れて着崩れも直さないといけない程。足に至ってはすれて流血している。
 四人で茶を囲みながら、青緑に近いユカタを身につけた童虎はムウに告げる。
「わしはさっき起きて着せて貰ったばかりじゃから、まだ着せつけられるものが残っとるじゃろ」
 おうい、と童虎が声をかけると、す、と奥から女官が出てくる。
「ではお言葉に甘えさせて戴きます」
 疲れた、むしろ着替えたいというようにムウはすっと立ち上がって女官について行く。
「しかし、あのムウがあんな娘ぶりとはのう。楽しかろう」
 何が、と言わないのが意味深だと思いつつ、視界に貴鬼の姿を見て取り意図を察した。確かにこの小さな弟子にはまだ二年か三年早い話だ。
「教皇様は良く思われていないようですが」
「あいつの親馬鹿なんぞ無視すりゃあええ。しかし、ムウのあの足でこれからシオンの所まではきついのう」
「ムウ様来ないの? スターヒル大解放で花火見物なんてもう無いと思うよ!?」
 水菓子を食べていた貴鬼が童虎に食ってかかる。
「夜までは時間があるじゃろう? ムウは足を休めてからシャカが連れてきてくれるそうじゃから安心せい」
 そうじゃな? と老師は茶目っ気の中に勿論ここでは何もしないようにという凄みを隠した顔で告げた。

「で、貴方と二人きり、ですか……」
 はあ、と溜息を吐きながら、女官を下げるんではなかったと呟きつつムウは取れるだけの最大距離を私から取った。
「なにも、別になにをするわけでもないが」
「言葉が棒読みですよ。もう」
 自分の身体を抱えるようにムウは座っている。心なしかさっきより顔が赤い気もするが、暑さだろうか。
「……」
「……な、なんですか」
 じろじろと眺めていたことに対する、抗議の声が飛んでくる。
「いや、先程より身体の線がなめらかな気がして気になった。距離を取って貰えると観察はしやすいな」
「すけべっ! いい加減にして下さいよ!」
 振り上げられた手をやすやすと取る。以前より柔らかく細くなった手を引っ張り抱き寄せると、簡単にムウは腕の中に納まった。
「――っ、もう……っ」
 顔を真っ赤にしつつももう抵抗する気は無いらしい。結い上げた髪。見下ろすうなじが無防備だ。
「ふむ、やはり先程より引っかかりがないのではないか。このあたりなど……」
「やっ! どこを触ってるんですか!」
 腰のあたりに手を置いて、そのまま下へとやると、ムウはか細い声で抵抗した。
 この布一枚先にムウの肌があるのか。一度離れてから、背後から抱きつく。
 和服というのは、そういう目的があって作ったのかと思う程に隙間が多い。
「つっ……」
 胸うちを探る私の手を押さえて、緑の目がこちらを向く。
「貴方は、いつもこんな事ばかり考えているのですか。人の宮ですよ、ここは」
「そうでもない。が、君が目の前にいると煩悩について考えることは多いな」
 いつも鉄壁に着込んだムウだからふと悪戯心も沸くというもの。シャカは改めてムウの項に触れるか触れないかで指を這わせる。
 漏れそうになる嬌声を、襟の端を噛んで止める姿は更に情欲を昂ぶらせるというのをこの羊は知らない。
 手のひらに余る程の柔肉をゆっくりと揉みしだくと、膝の上の身体がびくり、と震える。
「だ……めっ」
 何が駄目なものか、と袷を押し開こうとした手をがっしりとムウの手が押さえた。


「あ、ムウ様ー! シオン様が一番いい席を取って下さいましたよ!」
「私は乙女座、お前を呼んだつもりはないのだが」
 不機嫌そうな教皇のことは無視して、適当な場所に座る。
「ムウを連れてきてくれたんだしいいじゃろうが、ところで頬が赤いがどうした?」
「ああこれは……」
「シャカの顔に小虫が止まっていたのでつい叩いてしまったのですよ」
 にこやかなムウの声が飛び込んでくる。柔らかだが、有無を言わさない声音。
「そういうことなら、そういうことでしょう」
 察したような不機嫌さが教皇から漂ってくる。
「さかしくなりおって。つまらん」
 誰にともいわず、教皇は苦虫をかみつぶすような顔で言った。
 


「着付け、教えて貰いますから」
 追いかけてぱし、と軽い音がした。軽く平手打ちされたひりつく感覚が頬にある。
「ばれないようにしてください。第一、老師の宮でそんな事出来ませんから、分別をつけてくださいよ」
 大体、先日もバレないようにとかおおっぴらにはしないようにしましょうといったのに、といいつつムウは裾を直して立ち上がる。
「ほら、いきますよ。まだまだ長いんですから」
 見上げる先はまだまだ階段がある。
「しかし、叩くこともないのではないか」
「それは保険ですよ。シオンにあなたが一緒なのを咎められた時の」
 私が叩いていれば、シオンもそれほど何も言わないはずですからと、ムウは澄ました顔でいう。
 なるほど、よく考えていると苦笑しつつ、ムウの背を追って歩き始めた。 

夏と言えば浴衣!