現在、聖域構造改革計画中につき。









 目が覚めた。しかし、自分はいつの間に眠ってしまったのだろう。
 ぼうっとした意識の中で、ムウは周りの状況を確認する。
 柔らかい布団の感触は、床で寝ていないことを示している。
 女神よりの勅令と言われて呼び出されて出された茶を飲んだ後、教皇の間で記憶が途切れている事を思い出す。ならばそれが原因なのだろうが、何故そんな事をする必要があったのか。
 ぐるりとあたりを見回せば、見慣れた教皇の間の客間。身を起こそうとして、不意に異変に気づく。おかしい。何か感覚が違う。そういえば起き上がったときの視点も何か変わったことは無かったか。目線が低いような、そんな感覚が。
 ばっ、とムウは自分の身体を見下ろしたあと、違和感の正体に気づく。全体的に華奢になった身体。手のひらで直接確認する。大きく張り出した胸。下は、あるべき物がなくなっている代わりに、別のものがあるようだ。

 要は、性別が変わっているのだ。
「おや、起きたか」
 これはどういう事かという混乱の直中に、のんきな声がかかる。シオンだ。
「師よ、な、なんですか、これは!」
 掛け布団を跳ね上げて、マットレスを蹴って食ってかかる。普段はこんな事はあまりしないが、緊急事態だ。
「ふむ。まあ少し長い話になる。茶でも飲みつつ話すとするか」
 そうシオンが声をかけると、侍女が茶を運んでくる。よく見れば背が縮んで体型が変わった所為で、服がダブダブになっていた。胸も何も付けていないため、何か気恥ずかしい。
 その様子を見たシオンと侍女が顔を見あわせてから、ついでに、私の部屋に置いてある服を持ってきて、その寝台にでもかけておいてくれ、などと話している。下着はそうですね、確かアテナ様がご用意下さっていたかと。そんな会話は自分が寝ているうちにして欲しかった。
 一度侍女が下がり、ムウのための衣類を置いて去る。
「これはどういうことなのか、説明を」
「折角の美人が台無しだが、そうだな。何でもアテナの経営する財団の関係らしい」
「は、はあ? 財団……ああ、グラード財団のことですね」
 思い返す。彼女はギリシャに旅行に来ていた富豪に拾われていたのだった。
 更に言えば、その富豪にとって星矢などちゃんと血の繋がった子供はいるが、子供として扱ったのはアテナ一人と聞く。
「それでな、実に頭が痛いのだが、アテナ曰く『男女共同参画社会ということで、実は聖域も組織的にはグラード財団に組み込まれていました。うちもそうしなければいけないらしいのです……ごめんなさい。特に黄金の皆様』、だそうだ」
 簡単に言うと、要職に就く女性が足らないので、アテナの小宇宙で女性にしてしまえばと言うことらしい。今回の人選はシオンと女神で決めたという。
 第一宮を守護するムウ。教皇補佐の片割れ、サガ。年中からシュラに、最後は決めかねて、一番人数の多い年少組から神籤でカミュに決めたらしい。苦悩が手に取るように解る気がする。
「暫くはお前の宮にはシャイナがつく。気が合うかは解らないが、女の聖闘士の身体の事は女の聖闘士にしか解らぬからな」
 そう告げてシオンは席を立つ。
「さすがに弟子の着替えは覗かぬが……出来映えくらいは見せて欲しいものだな」
等と扉のあたりで呟かれる。
 はあ、と大きな溜め息を吐いて、ムウは寝台に置かれた下着や服を手に取った。

「ほう、似合うな」
 ジャミールの女服は布地がたっぷりとしている。身体の線は解らないが、前結びの帯は高めで、胸が強調されているのが恥ずかしい気もする。
「しかし、娘というのも良いな。よし、今度視察やロドリオ村で色々服を」
「いりませんから。来てもクリスタルウォールでたたき出しますよ」
 侍従に日付を確認すれば、一日も眠っていない。
 これならばちゃんと預かっている聖衣も期日通りに渡せそうだ。
「では、失礼いたします」
「勝手にしろ」
 希望が通らずにぶすっ、としているシオンを放って、ムウは白羊宮へ急いだ。


 やはり各宮予想通りだったが、そこは省こう。あまり同僚のそういう事を言いたくない。
 ただ、天秤宮に差し掛かったときに老師……童虎に声をかけられる。
「あー、思ったよりもすごいのう。というより、わしよりさすがに目線が下か」
 そう気さくに笑いかけて、頭を撫でてくる。
「言いづらいが、結構下の宮では大変だと思うぞ?」
「解っています」
 下の宮、そう、処女宮。正確に言うならその主だ。
「まあ、頑張れ。何かあったら呼べば誰か来るようにシオンが手配しておったぞー」
 何もそこまで、と思うが、シャカなら仕方ないだろう。
 一歩処女宮に入る。途端に待ちかねた、という言葉と同時にシャカが現れる。
 金髪の痩躯。女の体になって改めて気づいたが、本当にすらっとしている。
「ふむ、胸も腰も私好みだな、いやムウなら私はどんな風でも……」
「って、人がぼうっとしてる間に何してるんですか!?」
 ばっ、と距離を取る。いつの間にか身体をなで回されていた。
「何を今更。男と男の時は平気で、これは駄目なのか」
「気持ちの問題です。だいたい、婚姻の約束もしていない男女がべたべたと――」
 まずい事を言ってしまった、と思った。
 シャカはふむ、一理あると告げて教皇の間へ足を向けた。
「シオン殿に許可を取りに行くとするか」
 ああ、やっぱりこうなるのか。ムウは嘆息しつつ白羊宮に戻った。



 それからの日々は割合に平凡に過ぎた。
 貴鬼は一瞬驚いた様子だったが、ムウ様はムウ様だ! とすぐに割り切ってくれたようだ。
 そして、シャイナとはそこそこ気があったし、聖衣の修理で血を抜きすぎたときも体重とその他からの適量を示してくれたのが有り難い。
 それでも時折やってくる教皇宮からの伝令には溜め息を吐いているようだったが。
 シャカはもうすぐシオンの繰り出してくる難題を解決出来るらしい。
 たまに、ムウもそれに助言していたが、やっと決着がつくのかとほっとする。
「牡羊座様、乙女座様が教皇様の難題をクリアしたのなら、婚姻を受け入れるのですか?」
「そのつもりです」
 シャイナのいきなりの問いに面食らってしまい溜め息交じりだったが、もういい。元々シャカとはそういう仲だ。自分が女になっても受け入れてくれるならば、それでいい。
「……言いづらいのですが、先程アテナ様の先触れがいらっしゃって、ドレスは如何しますかと」
 こっちにも難題がきたとムウは嘆息した。シャイナも興味の無い素振りで気にしている。
 シャイナも興味があるのだろう。ならば仕方ないとムウは肚を括った。真っ白なドレスの写真の山を、三人で見始める。どんなものを選べば良いかなどとはムウには解らない。アテナとシャイナのアドバイスに任せよう。そう考えつつ。


 聖域にもそう言った規定は一応あったらしい。ドレス、と言う時点で察してはいたが、儀礼として制定されているとは思ってはいなかったな、と独りごちる。
 準備はほぼ侍女や侍従がしていたが、ムウやシャカにもしなければいけないことや書かねばいけない書類が多く、会えたのは女神と教皇に宣誓する、つまり式の当日だった。
「まさかシオンの難題をクリアするとは思いませんでした」
「愛の力という奴だ」
 数日経っても若干ぼろぼろになっているシャカの頬の傷に手を当てる。
「せめて顔くらいは治しておきましょうか」
 アテナとシャイナ、それと添え物程度にムウが選んだドレスはそこに置いてある。もう少ししたら侍女が来て、これを着るのかと思うと気が重い。特に聖衣で正装した同僚の前だ。
「それより」
 シャカがふわり、と薄い布を頭にかける。少し灰色の混じった薄い緑色のそれは、豪奢な刺繍が施されている。何となく気に入った色だった。
「レヘンガと言う。私からも婚礼衣装一式は用意した。アテナと教皇の前の宣誓式が終わったら着替えてくれるな?」
 着付けはここの侍女には出来ないだろうから、私がやるがいいかという。いつもの調子だ。
 それは構わないから頷いて、そうしてムウは、シャカに向き直る。

「シオンは煩いとは思いますけど、我慢して下さい。あれでも、大好きな師なんです」
「解った。私も我が儘だろうが許して欲しい」
 何だか今更過ぎる会話にくすくすと笑ってしまう。見かねたらしい侍女の咳払いが入り口近くの衝立の後で聞こえた。
「それでは、また後で」
 出て行くシャカの後ろ姿に、ムウは声をかけた。






 さて、この聖域改造計画はそれなりに上手くいったようで、女神は次の手を考えているらしい。それは如何か! などとターゲットにされかかったシオンがわめいていたが、そんな事はムウの与り知るところではないのだ。
 

 女神は聖域のいと高きにいまし、全て世は事もなし。
 修復の手を止めて、シャカと貴鬼の喧嘩を仲裁しながら、ムウは聖域の上を仰ぎ見た。
 






にょたです。
結婚式はドタバタだったのは予想通りです。