VOICES


 ※復活・聖域復興後くらい設定


「一年に一度のこととはいえ、毎年お互い宮が遠いと準備も大変ですね」
 双児宮を過ぎたあたりで、先に石段を降りていくムウが後を振り返りながらアルデバランに問いかける。
 天秤宮から下の黄金聖闘士は、法衣を着用して夜間・または冬季に教皇宮に登る際には、寒さ除けの外套を着ることを許されている。
 外套についた飾りがかすかな金属音を立てた。いや、外套の下の装身具かも知れないが。
「そうだな、でもこの時期は黄金は任務もほぼ免除されることだし、黄金で集まることも多い。少しは昔を思い出さないか」
「そうですね。懐かしいことも多いです」
 ムウの目が遠くを見る。そう、懐かしいも事、辛いこともある。
 離れていた十三年。師であるシオンが自称十八歳で甦ったとしても、一度死んだ――殺された、という事実は消せない。
 ムウが十三年間辛かったと言うことも消せはしない。遺恨は朽ちることはないのだ、心からは。
 黙り込んだムウを取りなすように、アルデバランが声を掛ける。
「金牛宮で飲み直すか」
「貴鬼はシオンのところに預けてありますから、朝まででもお付き合いできますよ」
 そういえばさっきの貴鬼は大きなツリーにはしゃいで可愛かったな、とアルデバランは思い返す。貴鬼があれだけ屈託無く育ったのは、ムウが本当の意味で取り返しのつかないことにならなかったからだと思っている。あんな場所で一人で過ごすのは、人の生き方ではない。貴鬼の育ち方、それこそがムウが今もアルデバランが知っているムウが心の芯にいるという証だ。
 ただ、それを伝える術がアルデバランには今までなかった。

「プルケを作ってみたのだが、正直俺はちょっと呑んでみても味に自信が無い。呑んでみてくれると助かる」
「ぷるけ?」
 聞き慣れないのか、ムウが目を丸くして聴き返した。確かに、プルケは日持ちが悪いからメキシコ国外では呑めない。だからメジャーな酒かと聞かれれば解らない。
 アルデバランも任務で同じ南米でしょう? という女神の無茶振りでメキシコに派遣されたときに呑んでみて、簡単に作れると言うから祭日によせて作ってみようと思っただけなのだが――。

「これは……なかなか面白い味ですね」
 そのまま一口飲んだムウが素直きわまりない感想を漏らす。本来なら果実のジュースで割って飲む物なのだが、そのまま呑んでしまっている。
「美味しいとは言わないのがムウらしいな」
 アルデバランは苦笑いしつつ、ムウの杯にジュースを注ぐ。
「あっ、呑みやすくなっ……いえ、これはこれで好きな味ですよ。アジアにもこういうお酒はありますし」
 雑談に混じって酒が酌み交わされる。
「これは蒸留すると名前が変わるらしいぞ」
「へえ、面白いですね」
 プルケッタと言う名称には流石のムウも単純すぎると苦言を呈する。
 テキーラもメスカルもこの酒と一緒の作り方だと言うと、ムウはしげしげと酒の鏡を覗き込んで不思議な物ですね、と呟いた。

「……酒でも変われるんだから、私ももっと……」
 聞こえないように呟いたであろう言葉をアルデバランは聞き逃さなかった。
「いくら蒸留しても、この酒の最初はここ、とだというのは代わらないだろう。ムウ、少し考えすぎじゃないのか」
「自覚はしてますけれど、なかなか難しくて」
 寂しい笑いだ。そして、理解を拒絶する笑い。
 アルデバランにはムウが過ごした十三年を理解することは出来ても、実感することは出来ない。
 ムウには、アルデバランが過ごした十三年を理解することすら出来ない。
 だから言葉を重ねるだけ。わかりたいと、そう重ねるだけ。
「貴鬼はいい子だな。小さい頃のムウにも少し似ていると思うぞ」
「私、あんなに聞き分けのない子供じゃなかったと思うんですが」
「そういう頑固なところや探究心は似てると思うが」
 ムウは少し苦笑いをして、空になったプルケを横に置いて手近にあった酒瓶を掴む。
「そうですね……でも、あの子はいい子になってくれた。だから私は、生きられたし、死ねたんですね」
「あんな貴鬼を育てたお前なんだから、もっと人に切り込んでいっても良いと思うが」
「……」

 十三年間で一番変わったこと。
 ムウは人との距離を酷く開ける。昔のまま接しているのは貴鬼と、師であるシオン――こちらは些か以前よりあたりがきつい節もあるが――だけのようにアルデバランからは見えた。
「今でも人は怖いですよ。子供だったのに毎日目が覚めることに感謝をした。そんな毎日でしたから」
 それでも、とムウは言葉を続けた。
「アルデバラン……貴鬼がとても懐いている、私の事をよく知ってくれている貴方だから――少しは本当の気持ちを話す練習をしてもいいですか」
 少しだけ翳りの見える笑い。
 子供の足では隣の宮まで行くのに一苦労だったのをアルデバランも思い出す。ムウは隣が金牛宮しかなかったから、良く訪ねてきていた。
 そういう意味では、子供のムウを一番識っているのは自分なのだろう。
「――ああ、好きなだけ来い」
 瞑目しつつそういうと、ムウはありがとう、と小さく呟いた。






メリークリスマス2015。アルムウのようなそうでないような。
プルケはもやしもんともやしもんの付録の発酵品一覧本知識だと足りなかったよ……。
メキシコのご当地どぶろくで、味はマッコリに似ているそうです。パイナップルやマンゴージュースで割るとか。