小さな夜の音楽


 ※復活・二年後くらい設定


「あれ、貴方は教皇宮の宴会……じゃなくて、食事会には行かなかったのですか」
「今気づくとは、君の目は節穴かね」
 教皇宮の女官に恐縮されつつも片付けを手伝い、強かに酔ったシオンに寝支度をさせてから処女宮まで降りてきたムウに、シャカは辛辣だった。
 恐らく宴席にシャカが居ないということに、ムウが今気づいたからなのだろう。形の良い眉根を寄せて、考え物だという顔をしている。
 聖闘士が復活して、聖域が復興した後だったか。女神がこの時期に唐突に『城戸の屋敷では毎年これくらいの時期にクリスマスパーティをしたものですよ?』と言いだした。この聖域は偶さか外部にはギリシャ正教とも偽ることがあるし、キリスト教圏の出身の聖闘士も多い。
 もともと親しい人間で飲食するのがクリスマスだ。色々な遺恨を流すのにも丁度いいとシオンが女神の案を採用した。
 もっとも、ここ二年ほどで流れた遺恨など表面的なもので、まだまだそれは深く聖域に根を張っている。自分たちが生きているうちに流れるものか、とムウはいつも思う。サガの乱でサガについたもの、聖域に残ったもの、当事者のサガ、海龍も兼任するカノン、ムウや老師など事情を知り聖域を離れた者、シオンやアイオロスなどサガに殺害された者――永く生きて大きくなりすぎた組織に絡みつく分裂や争いは絶えない。
 それでも、立て直した聖域では形ばかりでも上も下もなく二十四日には教皇宮で宴会をするとシオンは決めた。そして、その後の二十五日には親しい者同士で過ごすのが慣例になっていた。

「貴方は馴染みのない習慣でしょうし、騒がしいところが苦手なのも知っていますが、少しは顔を出さないと駄目ですよ」
「礼服を着るのも面倒だな。いちいちボタンの掛け方や掛けものの角度まで規定されていて、覚えるのは面倒だとは思わないのか」
「それは覚えて下さいよ。何度私が着せてあげてると思っているんですか」
 それに私がいないときにアイオリアと老師にばかり迷惑を掛けるのも嫌でしょう、とムウが聞くと、君には迷惑ではないのかと返ってくる。
 返しづらい質問だ。少しだけ考えて、ムウは告げる。
「――迷惑ではないですよ。貴方がジャミールに顔を出さなかったら私の十三年はどうなっていたのか」
 ふふ、と得意げにシャカが笑う。
「では、上では何かを配ったのだろう? 私には何もないのか」
「そういうところだけ強欲だと、仏罰が下るんじゃないですか?」
 私がわたしに仏罰を下せるものか、と手を差し出してくる。
「二十五日の朝じゃ駄目ですか」
「なんだ、最初からおいてきたのか」
「ええ、多分来ないと思って……貴鬼もシオンも居ましたし」
 ならば、とシャカが考える素振りをする。こういう時は無理難題が来るのだとムウは知っている。
 少し身構えていると、歌だ、と拍子抜けくらいするくらい簡単な言葉が返ってくる。
「即興詩と言いたいところだが、君は苦手だろう? 知っているもので許してやろう」
「苦手なのよく知ってますよね。では貴鬼に歌っていた子守歌でもいいですよね」
 ああ、別に何でもいい、とシャカは座り直した。
 
 声が夜闇に溶けていく。結局子守歌ではなく、ムウの即興詩のようだ。
 平坦に押さえられた抑揚と軽い音の推移。詩は誰かが誰かと今、ここにいることを言祝ぐもの。
 歌の最後の節を歌い終わって、ふう、とムウが溜め息を吐く。
 顔が少し赤いのは、上で呑んできた酒の所為ではないだろう。

「……用意していたな」
「流石にわかりましたか?」
 いつもの君の歌の滅茶苦茶振りを聞いていれば、なとシャカはすっかり冷えたムウの肩に手を掛ける。
「佳い歌だ。私以外に聴かせるのはやめたまえよ」
「ええ、そのつもりですから」
 法衣は聖衣のかわりの礼服でもある。法衣の方が年齢や階位によって規定や装飾品が複雑に規定されている分、面倒なことは多いが見た目やシルエットは聖衣に負けず美しい。
 黄金位は教皇とその補佐には劣るが、それでも豪奢な飾りがあちこちに施されている。
 更に言えば、専用の仕立職人が着る人間が一番美しく見えるように仕立ててくれる為だろう。シャカも法衣姿が似合うのに、とムウは滅多に見られないその姿を思い浮かべる。

「この冷えたものは処女宮で一旦脱いだらどうかね?」
 意図を察してムウは仕方ないですね、と肯く。寒いのは事実ではあるし、宴席にいなかったシャカとも話したい。
 もっとも話などできる状況になるかは謎だが。
「昼前には白羊宮に戻りますよ。シオン様は知ってますけれども、あまりいい顔はしてはいないんですから」 
 教皇に通りすがりにがみがみと怒鳴られるのはシャカとて御免被りたいところだ。
「もう日付も変わっただろう。二十五日は私の時間を半分やろう。十二時を過ぎたら白羊宮に戻るといい」
「もしかして、それが貴方からのプレゼントですか」
 そうだが、というシャカに苦笑しか生まれない。
「私はちゃんと物のほうのプレゼントも用意していたんですけどね。明日の夜は貴鬼をシオンに預けておきますから白羊宮まで取りに来て下さい」
 ムウは小言を言いつつもシャカの横に並んで、シャカの私室の方へと足を向けた。
 






メリークリスマス2015。シャカムウ。
シャカ22歳ムウ21歳とか微妙なお年頃とか美味しいと思います。