365分の1の幸せ





「アルデバラン、何してるの」
 空を眺めていたアルデバランに、幼い声がかかる。隣の白羊宮のムウの弟子、貴鬼だ。
「いや何、空が綺麗だなと思ってな」
 アルデバランは所在なげに頭を掻いた。
 今日は何も仕事がない。つまり休みということだが、昨日夜にいきなり決まった休みに、いつも通り早く起きてしまったアルデバランは時間を持てあましていた。
「へえ、おいらも隣で見ていい?」
「構わんが」
 ぺたん、と貴鬼が隣に座る。ぼうっと二人で見上げる空は、雲も少なく抜けるように青い。
「楽しいか」
「うーん、おいらにはむずかしいよ」
 正直だな、と思ってアルデバランは苦笑する。確かに、自分も何故こうしているかよく分からない。
「それより、アルデバランは最近欲しいものある?」
 唐突な質問だ。貴鬼はたまにこういったことを聞くが、真面目に取り合わないとあとで拗ねることもある。暫しアルデバランは考え込む。
「そうだな、聞かれて挙げるなら……ヤカンの取っ手が壊れたので一つ欲しいのと、この間アテネ市街に降りた時に見た本が欲しいか」
「他には!」
 貴鬼の目は真剣だ。何故そこまで気になるのか疑問だが、アルデバランは答える。
「他は……ベルトが傷んでいるから欲しいか。あと靴の手入れ用品、最近聖域で人気の万年筆が欲しいような……」
 ふんふん、と貴鬼は熱心にメモを取っている。
 思い返せばそれなりに欲しいものはずらずらと出てくるものだ。復活してから人としての生も歩き始めて、必要なものも増えた。
「あとは何か、食べたいものとかはないの!」
「そ、そうだな、久々に甘いものが食べたい気もするな。酒も呑みたいが……」
「うん、わかった!」
 言いかけた言葉を遮って、貴鬼は立ち上がった。
「ありがと、アルデバラン!」
 そのまま手を振って貴鬼は双児宮の方へ駆けだしていく。下に行かないということは、今日はムウはシオンの所にいるのか、と納得した。早朝に十二宮を登っていったのか、教皇の弟子も大変だなと思いつつ、アルデバランは再び今日は何をして過ごそうかと晴れ渡った空と聖域を眺めた。



「以上がアルデバランの欲しいものだよ!」
 頬を上気させて貴鬼がいう。役に立てたのが嬉しいのか、少し得意げでもある。
 シオンは報告を受けてうむ、と頷いた。
「よし、では手分けをして買い出しに行くぞ。いいか、聖域を出る際には徹底して気配を隠せ。何なら雑兵服とカツラも用意してある。女神にはテレポーテーションの許可を得ているから、可能なものはそれを使え。だってバレたらつまらんだろう」
「シオン、お前女神に何を根回ししてるんじゃ」
 童虎が頬杖をついてぼやく。しかしそんな童虎の言葉を無視して、ずらずらとシオンは続けていく。
「ではヤカンはアイオロスとアイオリアに。本はカミュ。万年筆はサガ、酒の調達はデスマスクとシュラとアフロディーテ。カノンはベルトを見てこい。靴に関してはミロだな」
 三々五々に了解の声が上がる。
「ムウは甘いものを調達してこい。貴鬼を連れていってついでに私と童虎の分も頼む。シャカは……そうだな……アルデバランが気づきそうになったら小宇宙で話しかけて足止めしろ」
 さあいけ、そして当人をびっくりさせてこい! とシオンが大上段に手をかざす。童虎は心の内で思い出していた。そうだ、こういうサプライズ――特に、本人が誕生日を忘れている場合は、シオンはこういうことをするのが好きだったのだ。
 シオンに聞こえるか聞こえないかの声でほどほどにな、と呟いて童虎は貴鬼にねぎらいの言葉を告げた。



 昼を過ぎて夕刻近く、他の宮の人間が金牛宮を通る度に積み重なっていくプレセントに、アルデバランはようやく自分の誕生日を思い出していた。
 菓子の包みを置きに来た貴鬼に、折角貰ったものを一人で食べるのは寂しいからと声をかけると、二つ返事で貴鬼はテーブルについた。
 ムウにも声をかけたが、このままシオンの所に行かねばならないらしい。
 いったい何人で食べる気だったのかという菓子の山から、アルデバランは包みを一つ取った。
「貴鬼やみんなには気を遣わせてしまったな」
「そんな事ないよ。こういうのも楽しかったから」
 にっこりと笑う貴鬼に、アルデバランは来年は自分の誕生日を忘れるということをしないようにしようと心に誓った。
 みんなが祝ってくれているのに失礼だ。それ以上に、やはり、嬉しい気持ちを伝えたい。
 二つめの包みに手をつけたところで、貴鬼が帰ったら呼べる人だけでも呼んで、貰った酒で酒盛りをしようとアルデバランは考えた。

バランさんお誕生日おめでとうございます!
たぶんバランさんなら欲しいものといったら実用品……かなと。

万年筆が流行り、としているのは聖域ではまだ羽根ペンが主流かもな位の気持ちです。
次はきっとボールペンが流行る。