一陽来復





 鋭くも前衛的なオブジェだな、とシャカは称した。正直、自分でもそう思う。

 研究会で何故かシオンからカボチャと柚子を貰って帰って、さて料理しようと思って、包丁をたてた……まではよかったが、しばらく手入れをしていなかった包丁は、カボチャを切ること叶わず志半ばで沈黙した。
 引いても押しても動かない。どうにもならないとはこういうことか、と部屋の隅でカボチャの方を見ないでいたら、いつの間にか帰宅したシャカのそのコメントだ。

「なに、とりあえず包丁を抜いてしまえば良いだろう」
「簡単に言いますけどね、私がそれとどれだけの時間、格闘していたと思ってるんですか」
「一時間ほどか」
「何で知ってるんですか!?」
「帰宅したが君が何かに異常に集中していたから、声をかけずに部屋に戻った」
 それから静かになったから降りてきたら、今度は部屋の隅でその前衛的なカボチャから目を反らしていたから見かねて声をかけたのだが、という言葉に、頬が熱くなる。恥ずかしい。
「じゃあ、手伝ってくださいよ。ほら」
 拗ねたような声に苦笑したようだが、シャカは包丁に手をかけた。
「指に気をつけて押さえていてくれ」
「はい」
 ぐぐ、と包丁を押さえて、シャカが体重を載せる。
 それはさっきも試したし、無理だろう。
「しかし、カボチャは何度か調理しているのを見たが、いつもこんな事をしていたのかね」
「それは丸ごと買ってきても消費しきれないから、小さめにカットされたものを買ってきてたからで……あ、ほら、やっぱり無理です。交代しましょう」
 いつも手ぶらで出歩いているシャカよりも、シオンの使いっ走りで図書館からやれ本をもってこいだの、、レジュメを運べだのの雑用をこなしている私の方が力はあるだろう。
 不服そうなシャカを退かしたところで、ピンポンとチャイムが鳴った。
「宅急便でも来る予定がありました?」
「いや、ないが」
 生憎、この家には玄関モニター等という高級品はついていないので、直接出るしかない。
 ともかく家主は貴方ですから、とシャカを玄関に追いやって、カボチャに向き直る。
 包丁さえ抜いてしまえば何とかなりそうだと、包丁に手を掛けたときに声ががかった。
「一気にやろうとするからダメなんじゃろ」

 振り向くと童虎先生。少し離れた背後には、さらに不服そうなシャカ。シャカはあまり家に他人をいれたくない質だから、その表情も仕方ない。
 貸してみろと言いつつ、少しずつ慎重に、ゆっくりと包丁を押していく。
「……慣れてますね」
「調理は春麗に任せているが、こういう堅いものは大体わしか紫龍がやっているから慣れたな」
 はは、と笑って、一旦包丁を抜く。時間はかかったが、なんとか包丁は抜けた。
「練習で切ってみたらどうじゃ。どうせ小さくしておかないと調理は大変じゃろ?」
 その言葉に包丁を取ろうとすると、シャカが先にそれをとった。
「ムウにばかり任せているのもと思いまして。ご教授頂ければ」



 そんなこんなのやりとりがあったものの、無事にカボチャは四等分された。
「でも、どうして童虎先生が」
「いや、シオンからうっかりカボチャと柚子は全てムウに渡してしまったから取りにゆけと言われてな」
 あれでもそれなりに心配しているのだろう、と童虎は呵々と笑う。
「童虎先生の所は、人が多いでしょう。半分どうぞ」
 ラップに包んだカボチャと柚子を半分、紙袋に入れて渡す。
「ありがたい。明日は冬至だし、買わなくてすむ」
 ああ、そうか。冬至だからシオンはこんなものを渡したのか。最近は忙しくて、カレンダーなど見ていなかった。
 そこでふと疑問が湧く。もしや。
「シオンから言伝だが、その四分の一は煮付けて持って来いだそうだ」
 ああ、やっぱりと肩を落とす。今日これから調理して、明日タッパーに入れて研究室に持っていこう。
 夕飯時に持っていったらそのまま食べて行けと言われてしまう。
 受け取るものを受け取ってから、童虎は紫龍と春麗が待っていると帰路についた。



「……冬至か」
「忘れてましたね」
 明日はカボチャの煮付けで良いですよねと聞くと、シャカは頷いた。
「柚子湯の方も相伴に預かりたいものだが」
「冬は流石に風邪引きますよ。あの脱衣所も風呂場も寒いですから」
「君のそういう所は相変わらずつまらないし、つれない」

 一陽来復。冬至が来て春が来れば、ここで暮らし始めてすぐ一年目。
 庭にたまに来る野良猫にも懐かれてきたし、そろそろ馴染んできたのだろうかとふと考える。
「来年は、どんな年になりますかね」
 ふと零れた言葉に、シャカはただ微笑で返してきた。
 

何か今年は珍しい冬至らしいですね。